『アイアンマン3』女性は恐い、と言う事か…。
今更この映画について、とやかく言う事は無いが、前に落書きを描いてあったのでアップ。
やっぱり、一番印象に残るのはグイネス演じるペッパーが、アイアンマンより強くなっちゃった!と言う事だろうか。
シリーズ中、一番マンガチックになってしまった印象で、アーマード・スーツのワイヤレス操作以外、目新しい物は無い。

ロバートも、まるで三部作を撮ると言う契約を無理矢理させられたシルビア・クリステルのように、しかたなし感が匂う。
ただ、やっぱりアイアンマンの造形はカッコいい!
それだけに、脚本なりアイデアなり、もっとしっかりしたものを用意して欲しいものだ。
『アベンジャーズ』の後だけに、スケール感も小さく感じたなぁ……。
さて、昨今の映画事情の泣き言を言っていてもしょうがない。
そこで、結構長い間考えていた(と言うより温めていた)企画を、そろそろこのブログでアップして行こうかなと思ってます。
ま、そんなに大した企画じゃないけど、ちょっとだけ皆さんのお役に立てるかも。
期待しないでお待ちくださいませ。
『ザ・ドライバー』マックィーンにはなれない…
3つの要素が重なって、この映画の見方が変わってしまった。
公開当時(1978年)、頻繁にテレビで予告編を見た記憶がある。
が、劇場に観に行く事はなかった。数年後、日曜洋画劇場で観る機会に恵まれ、そのカースタントにぶっ飛んだ。
しかも、主演のライアン・オニールは、それまでのイメージと全く異なり、徹底してクールなドライバーを演じていた。
そして、ハリウッドに本格進出したイザベル・アジャーニ。
ライアンのカウボーイ同様、彼女もプレイヤーと言うニックネームだけで名前も無いのは、ブルース・ダーン演じる刑事がディテクティブと言う職業で呼ばれるのと同じ意味だ。
ウォルター・ヒル監督の無駄を省いた演出と、クールな主人公にカースタント。当時僕は完全にノックアウトされ、その頃のカー・アクション映画マイ・ランキングの中では常に上位にランクしていた。
ところが……。

それから、うん十年が過ぎ、色んな事を体験、経験、そして学んで、この映画の見方もだいぶ変わった。
1. アクション重視の為か、今の目で観るとヘンテコなストーリーだ。ライアン・オニールの命を狙う奴がチンピラ過ぎて凄味が無いし、ブルース・ダーン演じる刑事は部下が指摘するほど捜査方法がおかしいし、チンピラよりもこっちの方がサイコ野郎である。
お金の取り引きも間抜け過ぎる。
2. 後年、この映画は元々スティーブ・マックィーンが主演する予定で話が進んでいたが、諸事情で叶わぬ夢となった事を知る。
それを聞いちゃうと、「ああ、マックィーンならここはこうなんだよなぁ…」などと邪念が脳裏を駆け巡り、ライアンの姿がかすんで見えてしまう。ライアン単体ならいいが、マックィーンと比べるとあまりにも残念過ぎる……。
3. 絵と音がひどい。
所有のDVDでの再見だが、この頃の映画はカメラの技術的な欠点で、とにかく夜間のロケは照明が当たっていない所はつぶれていて、ノイズも目立つ。
せっかくのトランザムやシボレーの爆音もハイブリッド並みの音に留まっている。
これはブルーレイでもさほど大差が無いと言うコメントがアマゾンに寄せられている。
監督のウォルター・ヒルは、80年代に入ると『ストリート・オブ・ファイヤー』と言う傑作を作るが、70年代は『ウォリアーズ』と言い、この映画と言い、少し暗めの作品が多いようだ。
ま、これを上回るほど暗かったのが『ドライブ』だったけど……。
この映画では、ライアン・オニールもイザベル・アジャーニも、はて?笑顔のシーンがあったっけ?と首をかしげるほど笑わない設定だったよ。
イザベルも、この映画で本格的にハリウッドに進出するものだと思っていたが、アラン・ドロン同様、ハリウッドの水が合わなかったのか、さっさとフランスへ帰っちゃったのだ。
未だに忘れられないのが(実は忘れていたのだが…)、この映画のキャッチフレーズだ。
「この映画を見終ったら、パトカーに追いかけられたくなる!」だって……。
『ライジング・ドラゴン』最後なんだねぇ…。
こんばんは、ロッカリアです。

オークションのブローカー、プロフィット社は、まだ発見されていないブロンズ像をアジアの鷹と呼ばれるJCに探し出すよう依頼するが、各地で起こっている、国宝を祖国に帰せ!的なデモの女リーダー、ココや、元大富豪のキャサリンたちを巻き込んだ大冒険が待っていた……。

大人版『グーニーズ』と言ったノリで、海賊たちとのコミカルな戦いが楽しい。

『サンダーアーム:龍兄虎弟』『プロジェクト・イーグル』に続くアジアの鷹シリーズ第三弾。
僕は個人的にアジア版『インディ・ジョーンズ』と呼んでいたが、本人も公言しているように、体を張ったアクション映画はこれで見納めだ。
それだけに、今回はスケールも大きく、子供から大人まで楽しめる作品となっている。
ちょっと残念なのが、ワイヤー・アクション、格闘シーンの早回し(結構他の作品でもやってるけど…)にボディ・ダブルと言ったシーンが目立ち、昔からジャッキーを見て来たファンには、少し寂しく感じるかも知れない。
来年還暦を迎える身体で、あそこまでアクションをこなせるのは驚異としか思えないが、もうこの辺で、アクションスターの肩書を外して上げたい、と言う、微妙なファン心理も働くのだ。
ハリウッド的な演出を香港映画に見事に吸収して、国籍を問わぬ映画作品に仕上げたジャッキーの手腕も見事だ。
ジャッキーの近作ではピカイチの映画だと思う。
ただ、ラストのスカイアクションだけは、いかにもハリウッド的と言うか、アメコミ的なのがちょっと残念ではある。
最後にサプライズがあって、僕は腰が抜けそうなぐらい驚いたが、それは是非自分の目で確かめて欲しい。
ジャッキー最後のアクション映画に敬意を表して、本日のオー!ジョーズ・メーターはコレで!

オー!ジョーズ、お上手って、洒落だったんだねぇ……。(ーー;)
『ジャンゴ:繋がれざる者』はマカロニなのか?と言う問題。
いかがお過ごしでしょうか?ロッカリアです。

目的を達したシュルツだったが、ジャンゴの度胸と腕を見て、冬の間パートナーとして雇う事に。
途中、ジャンゴの妻が、農園の領主カルヴィン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)の所で奴隷として働いている事を知ると、二人は一世一代の大芝居を演じ、キャンディの農園に乗り込んで行くが……。

『荒野の1ドル銀貨』『殺しが静かにやって来る』『ホワイト・バッファロー』へのオマージュも、通な人なら見て分かるはず!
フランコ・ネロのカメオ出演もある。(変わらんなぁ、この人!)
奴隷制度と言う、今迄にウェスタンでは取り上げられなかったテーマを、真正面から見据えている。
実は、この奴隷制度が今回のミソなのだが……。


最初にハッキリ言っておこう。僕はマカロニ世代だ。その昔、頻繁にTVでオンエアされたマカロニを見まっくたし、モデルガンを買って、抜き方、回し方、差し方を友人たちと研究していたとんでもない中学生だった。
プロローグのイントロで、あのアコギが聞こえて来たときにはテンションも上がったが、英語ヴァージョンだと分かると直ぐに下がる。
また、マカロニのサントラを流せばそれなりに見えるが、この映画には、何故かマカロニ独特のムードが無い。
タラちゃんの美学はあるが、マカロニの美学があまり感じられないのだ。
例えばジャンゴが銃を試撃つシーン。
奴隷だったジャンゴがいきなり凄腕のガンマンだったのが変だし、リー・ヴァン・クリーフ的な役のシュルツがいるなら、もっと喰い付いて指導したり駄目だししたり、せっかくの美味しい場面が生きていない。
そもそも、マカロニ・ウェスタンほどスタイルに拘った、スタイリッシュな映画ジャンルは類が無いのだよ。『荒野の用心棒』で幕を開けたマカロニの歴史(と言ってもいいだろう)は、黒澤監督の『用心棒』をコピーしたから面白かった分けじゃない(勿論、それもあるけどね)。
冒頭、ジョーが5人撃ちするシーンを見よ、ここから伝説が始まったのだ。
5人が一瞬にしてバラバラと倒されるこの快感!
このスタイリッシュなシーンは、西部劇と言われるハリウッド映画にもある事はあったが、次元が違っていたのだ。
或いは、この映画の元ネタ的な『続・荒野の用心棒』のラストでジャンゴが見せた十字架撃ち、『夕陽のガンマン』でC.イーストウッドとR.V.クリーフが見せた帽子の飛ばし合いや、アクロバット撃ちを定着させたジュリアーノ・ジェンマのような動き等々、こう言った楽しくもカッコいい描写がこの映画には無い。
ま、細かい事をここで一々取り上げていたら盆休みが終りそうだから止めるけど、とにかく、「あの」ムードが無いのだ。
また、残酷描写はタラちゃんの得意とするところだが、残酷描写がマカロニの特徴ではない。
ええっ?と思われる人も多いだろうが、残酷描写を取り入れた、と言う所にマカロニのアイデンティティが有るのだ。
どう言う事なのか、簡単に。
この映画の何処にマカロニ・ウェスタンのDNAを感じられるのか?と自問自答してみた。
その答えは、ズバリ奴隷制度にある。
劇中「ニガー」と言う、黒人に対しての最大級の差別用語が飛びまくる。
黒人が黒人に対して「ニガー」と罵る。
実は、このように、今迄あまり触れられる事の無かったタブーに挑戦した姿こそが、マカロニ・ウェスタンだとは言えないだろうか?
マカロニ以前の西部劇は、残酷描写は御法度にも感じられたし、勧善懲悪が大前提だった。
そこへ、人はドンドン殺すは、悪なのか善なのかよく分からない主人公は登場するは、話とは関係の無いガン・プレイをやたら見せるは、レイプシーンはあるはと、様々なタブーとされてきた事を平然と描写して見せたのがマカロニだったでないか。
この、タブーに挑戦し続けたのがマカロニの本質だったと、僕は信じている。
そう言う意味において、この映画もマカロニ・ウェスタンと言ってもいいんじゃないだろうか。
上映時間が約2時間40分。
『ウェスタン』や『夕陽のギャングたち』に肩を並べる長さだが、それもタラちゃんの気合の現れだろう。
この映画を観て、「へ~、これがマカロニ・ウェスタンと言うやつかぁ…」と思った若い人は、これを機に、是非、昔の作品も見て欲しい。
古いウェスタンなんて、ちょっと……と思っている人は、その、固定観念に付いている鎖を、取り払って見て欲しい。
必ずや、今迄に観た事が無い、不思議な世界が待っている事を保証しよう。
と言う事で、本日のオー!ジョーズ・メーターは……。

『ダイ・ハード:ラスト・デイ』もはや殺人マシーン!?
ダイハードのシリーズ5作目を観ました……。

ブルース・ウィリスは息子のジャックがロシア警察に捕まった事を同僚から聞くと、休暇を取って単身ロシアへ。
だが、相変わらずの運の悪さから、テロの爆弾事件に巻き込まれるが、何故か裁判所からジャックと大物政治犯が逃げ出して来て、ジョンとジャックは束の間の再会を果たすが、実は息子のジャックはCIAの任務中で、この親子の再会が計画を壊す羽目になる……。

裁判所から逃げ出した息子のジャックと政治犯は車で逃走。その政治犯のファイルを狙って、爆発を仕掛けた犯人たちが装甲車で追跡。
それをブルースがトラックで追いかける、と言う三つ巴のカーチェイスで、一体何台の車がオシャカになった事だろう。
これはCGじゃ無しに、実際のクルマを破壊しまくっている。
その台数は、時間のある時に一度数えてみたいほどだ。


いくら悪人でも、もはや殺人マシーンと化したジョン・マクレーン。
あれだけ人を殺されると、さすがに感情移入が難しく、冷めた目で観てしまう。おまけに、どんでん返しを用意していれば、きっと驚くだろうと言う、意図が手に取るように分かって、つまらん。
車の数を増やせば凄いカー・チェイス・シーンが撮れると言う勘違い、銃を撃ちまくれば戦闘シーンが面白くなるだろうと言う勘違いに加え、最大の勘違いは、『ダイ・ハード』とタイトルに付ければヒットするだろうと言う映画制作の姿勢、ではないだろうか……。