09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

シネマの自由時間

伝えたい映画と音楽があります!

 

INFORMATION!




 ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★ 

▶︎4月のNHK-BS「プレミアムシネマ」の映画カレンダーはここから見られます。


スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

tb -- : cm --   

『ヴァージニア』 コッポラの神業だ! 

こんばんは、ロッカリアです。

この映画は飛んでもない作品だ!普通に見ていては、決して理解できない徹底した映画技法と演出、そして、映画って、こんな事も出来るのか!とただただ驚くばかりだ!
え?フツーだったよ、この映画、いや、むしろ物語、変じゃなかった?と感じた人は、すでにコッポラの技法に騙されてしまっているのだ。
※今日は、ネタバレしないと語れないので、未見の人は、以下の記事を読まないで下さいね。

名称未設定 3

冒頭のトム・ウェイツ(!)のナレーションから、すでにそれは始まっている。

”ある所の小さな町…、大都会からほどほどの距離で……(中略)
だが、この町で一番驚くべきものは、7つの面を持つ時計台だった。
このスワン・バレーの町のどこからでも見えたが、時計が示す時刻はすべて異なっていた。
明らかに悪霊が棲みついているのだ……(中略)
いろいろあったその時期に、ホール・ボルティモアと言う三流作家がこの町にやって来た。
オカルト系のシリーズをサイン入りで売るためだ。”


小説をよく読んでいる人ならピンときたはずだ。そう、これって、よくある小説の始まり方だ。(しかも俗っぽ過ぎるぐらいにヘタな…)
つまり、三流作家が書いたようなムードを、コッポラはワザと狙って演出しているのだ。
結論から言ってしまえば、我々は、ホール・ボルティモアの小説世界を、コッポラに見せられていたのだ。

作家の名前がボルティモアで、夢の世界に出て来るのが夢先案内人のポオと、V(ヴィー、つまりヴァージニア)となれば、もはやポオを題材にしているのは明らかで、そこにヴァンパイアの話を絡めているが、自分で三流作家と言っちゃうボルティモアが書く物語はつじつまが合わないばかりか、唐突過ぎる場面転換、すぐに殺人犯が分かるような設定にしてしまうし、物語とは関係の無いフラミンゴなんてのは、ただただ恐怖ムードの演出に担ぎ出されただけだった。

死んだはずの娘がヴァンパイアになって、その娘に襲われてしまう、その時点が小説的オチで、編集者のエージェントが「いや~、この小説は今迄のオカルト小説とは違う!」と絶賛する場面が映画的なオチだ。

今迄の記事を思い浮かべながら、この映画の変な部分を思い出して欲しい。
木の杭が胸に刺さって殺された少女の遺体が保安官事務所に?しかも冷凍装置付きの遺体安置場が?
そんな馬鹿な!留置所はあっても、遺体安置場がある保安官事務所なんて、三流小説家が勝手に設定しないかぎり無い。(遺体は普通病院行きだろ…、しかもいつまで置いておくんだよ…)

そして、保安官の趣味は木工作り…、家には木で作られた木工品が…って、これじゃあ犯人は保安官と、冒頭の人物紹介で言っているような下手な説明だ。
その保安官事務遺書には助手もいるが、何故かストーリーと全く関係ない少年が何故か出入りしていて、降霊盤(日本で言うこっくりさんみたいなもの)で犯人を見つけようとする。
そして、その犯人の名前のイニシャル”B”を刺した時、保安官(名前がボビー)が驚き過ぎで、これじゃ犯人は自分だと認めたようなもの。でも、作家のホールだって名前は”B”だから、もっと誤魔化せることもできたはず。
また、何か謎があると思って、あの不思議な時計台に上ろうとするボルティモアだが、時計台守りみたいな男は、何故か鍵が開かないと言うが、ボルティモアが開けると何故かすんなりと開く……。意味がわからん!
時計台に上ってみると、何もないのに、突然時計台守りの男が「ここには悪魔がいる~」と言って降りちゃう。何もないじゃん。
いいアイデアが思い付かなかったのか、三流作家は変な臭いがする事だけを告げると、階段から落ちてしまう。
小説なら、「異様な臭いがした途端、階段が折れて、ボルティモアは時計台から落ちてしまった。その際、ボルティモアは石に頭をいやと言うほど打ち付けてしまい、そのまま気を失ってっしまった…」となるんだろうが、それを実際映像で見せられると、絶対即死だ。
ここにも、この小説は三流作家が書いたと言う映像表現を使っている。
しかも、この時計台の階段、梯子のようでしかも細すぎ、誰が見ても危な過ぎだろう。

その後、ボルティモアが保安官事務所に行くと、助手は惨殺され、保安官は首を吊るされ死んでいる。その胸にはご丁寧に、新聞に血文字で有罪と書かれたものが貼られている……。
一体誰が?と思っていると、ボルティモアは杭の打たれた死体の側に行ってシートをめくると自分の娘が……。
その杭を抜くと血が溢れだし、ヴァンパイアとして蘇えった娘は父親のボルティモアに襲いかかる……。
なんとも、安っぽいホラーシーンであるが、結末が無い。
襲われた終わりだ。
すぐに事務所のシーンになるが、ボルティモアがヴァンパイアになったという映画的演出も提示されないまま終わる。
だが、この後僕は悩む事になる。
それは、エンドロールが流れる直前に、この映画の説明文、つまりあとがきが入る。
”この小説はそこそこ売れた(3万部)…”
そりゃそうだろう。こんな話じゃそこそこしか売れん!
だが、続くあとがきは、どう解釈しても小説での出来事なのだ。
”少女殺しは保安官で助手を殺し自殺した…”
”その後、フラミンゴの姿を見た者はいない…”
”ボルティモアは妻の元へ戻った…”

この文面を見て、自分の、この映画に対する解釈が揺らいでしまった。

整理すると、ボルティモア自身の体験談じゃなく、彼自身を主人公にした作家が、小説のネタを探しにやって来た、小さな町で事件に巻き込まれ、最後はヴァンパイアに襲われてしまう、と言う小説を、本物のボルティモアが書き上げ、それをエージェントに読んでもらっていた…と言う、全てが小説世界の出来事と言う解釈だったのに、この後日談は、明らかに小説の中の出来事を示しているではないか。

そこで、僕はやっぱりこの小説は、ボルティモアが体験した出来事を小説にして、最後、娘に襲われヴァンパイアになったボルティモアの映画なのか?と思い始めてしまった……。
リアルなのか小説の話なのか……。

だが待てよ、ヴァンパイアが小説を書くか?書いたとしたら何のために?
人間だから、生活のため、夢のためには書くだろうが、ヴァンパイアは働かなくても良いじゃないか。
それに最後の部屋のシーンは明るかったし……。
どうもスッキリしなかった。
そこで、原題の(TWXIT)を調べてみた。

((詩))betwixtの縮約形.
1[場所・時間・関係] …の間に[で, を, の]
2[区別・選択・分配] …の間に[で];…のどちらかを
3[程度・性質] …の中間に[の], のどっちとも言えない


なるほど。
夢か現実か区別できない内容ではない。何故なら、夢のシーンは全てモノクロで表現していたから、夢は夢、現実は現実だ。(もし、区別をつけさせないなら、こんなモノクロ手法をわざとしない)

ならば、考えられるのは、全部小説の話なのか、それとも現実に起こった話の小説化なの、と言う間で、観た者がどらとも言えない、どっちつかずの解釈になってしまうと言うと言う、ここに掛かっているんじゃないだろうか、と僕は確信した。

勿論、これはいつもの、僕の妄想であり、個人的解釈だ。
だが、コッポラと言う監督は三流の映画監督でも脚本家でもない。細かく張り巡らされた映像にこそ意図があり、観る者を挑発して来る監督だなのだ。
『ゴッドファーザー』で映画の洗礼を受けた世代の僕としては、そう解釈したい。

今日は無駄に長くなってしまいました……。(そりゃそうさ、だって三流以下だもん!)

シネマチケット・ヴァージニ

Category: レビューがはじまる

Thread: 心に残る映画

Janre: 映画

Tag: 仮想チケット  ホラー 
tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://cinemakan.blog83.fc2.com/tb.php/279-046c23d8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。