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『セッション』マイルスが見たら何て言うだろう… 

はじめに言っておきますが、世界が絶賛したこの映画のラスト、僕は他の人とは全く違う解釈をしています。
作品を見た後に、ネットで炎上劇をみせたジャズ・ミュージシャンの菊地成孔氏と、今やカリスマ的存在の映画評論家、町田智浩氏のバトル、いや論争を読みました。
僕はいつも、映画は個人の主観によるもの、100人が同じ映画を見たら100の感想と意見があると言ってます。
だから、その映画に対して何を言おうが、ブログに何を書こうが基本自由だと思ってます。
ただ、自分の好きな映画をけなされたり、つまらんと思った作品を絶賛する記事を目にすると、腹が立ったり、何で!?と不思議に思う事があったりします。
それで良いんじゃないだろうか?
ジャズを愛する菊地氏と、映画を愛する町田氏、一人は「最低だ!」と言い、もう一人は「ラストは『ロッキー』のようだ!」と絶賛する。
もう「好きか嫌いか」でいいのでは?と思うんだが、菊地氏がロードショー公開前に批判した為、町田氏はルール違反だと激高したんですね。
最終的には、町田氏が菊地氏の本心を理解して折れた格好に落ち着きました。
しかし、僕はジャズ(と言うか音楽)が大好きだし、映画も大好き。
しかもオッさんと言うオマケも付いて、ちょっと違う解釈をしました。
ヘェ〜、そんな見方もあるんだ、程度に読んでください。(何せ妄想好きなもので…)

1. 音楽映画なのに、音楽が心に響かない
2. 愛の無いスパルタ教育は、ただのイジメだ
3. ラスト、主人公の勝ち!と思った人は…


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1. 音楽映画なのに、音楽が心に響かない
作品のテーマにもよるだろうが、どんな形にしろ、音楽を扱う作品なら、その音楽にワクワクしたい。
なのに、この映画は最初から最後まで音楽が流れれると緊張感に包まれて楽しめない。
イーストウッドが監督した『バード』、あれほどトーンは暗かったが、音楽は実にご機嫌だった。

2. 愛の無いスパルタ教育は、ただのイジメだ
菊地氏も「スポ根ハラスメント映画としても出来が悪い」と言っているが、そもそもスポ根ものだとも思えない。
愛情のないスパルタ的な教育は、ハラスメントと言うより、もはやイジメだ。
後にチャーリー・パーカーがミスった時に、ドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズがシンバルを投げつけた、その結果チャーリーは偉大なミュージシャンになった、と言う逸話を、鬼教官フレッチャーは指針にしているようで、灰皿を投げたり椅子を投げたりする事、殴る事を正当化している。
(しかし、そもそもジャズメンの数ある逸話など、時が経ち過ぎて、真実はわからないのだ、と言う事を念頭に置いておかなければならない。
その事については音楽評論家、中山康樹氏の超ジャズ入門 (集英社新書)に詳しく書かれています)
イジメ抜く鬼教官フレッチャーも好きではないが、生徒のニーマンも人間として性格を疑う。
自分からデートに誘った、あんな優しそうなニコルも音楽のためと称して一方的に別れる。
映画の中心人物二人に、全く感情移入ができずに物語はフレッチャーの復讐劇へと流れて行く。

以下、ネタバレになります。この映画を未見の人は、回避するか、覚悟の上お読みください。

3. ラスト、主人公の勝ち!と思った人は…
町田氏のようなプロの映画評論家さんに盾突くようで申し訳ないが、『ロッキー』のようなカタルシスは無く、どうもスッキリしないエンディングだ。
音楽祭当日までに、いくら音楽学校時代に演奏した曲だとしても、バンドのメンバーと音合わせをしないなんて事がるわけがない。
演奏が始まると、フレッチャーはニーマンの知らない曲を指揮する。
困惑するニーマン。
フレッチャーは、音楽学校を首にされた原因が、ニーマンの密告だと知っていて、復讐に出たのだ。
ニーマンは失望の中、舞台の袖に帰っていく。
バックステージで、ニーマンを温かく待っていたのは父親だった。
失望の彼を抱きしめる父親。
その時ニーマンはステージに戻り、フレッチャーを無視して、音楽学校時代の曲をドラム・ソロで演奏を勝手に始める。
ソロを終えると、バンドのメンバーに合図をして、曲が始まり大いに盛り上がる。
最初は戸惑ったフレッチャーだったが、やがて二人は演奏しながら見つめ合う。
二人のワダカマリは音楽によって消え、ある絆が芽生えたように笑顔になるのだった……。
違うよ。
僕にはこのエンディング、こう思えた。
チャーリー・パーカーとジョー・ジョーンズの逸話のように、「俺の指導方法は間違ってなかったんだ」そうフレッチャーは感じてニンマリしたんだ。
「俺が厳しい指導をしたおかげで、お前は成長する事が出来たんだ」
つまり、ニーマンはフレッチャーの思い描くドラマーになっていったのだ。(←得意の妄想です)

それにしても、この映画を帝王マイルスが見たら、一体何て言うでしょうか。
何も言わずに、「フン」と鼻で笑うような気がするんですがねぇ、僕には……。
 

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Category: 落書きシネマ

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